3月になると、いよいよ桜が咲くシーズンですが、
一口に「桜」と言っても、いろいろ種類がありますよね。
ソメイヨシノが有名ですが、実はソメイヨシノは、
子孫を残す能力がないので、接木で増やす方法がとられます。
公害に弱く、病気にも侵されやすい品種なんだそうで、
1年を通して、管理していく必要があります。
今日は、このソメイヨシノについてまとめてみました。
品種改良で生まれたソメイヨシノが全国に広がった理由を知ろう!
染井吉野が、江戸の終わりから明治にかけ、
人々に認められ広がった理由については
ソメイヨシノは丈夫で育てやすいからといわれています。
病気に弱い(天狗巣病など)という点を除けば、
桜の種類の中では、丈夫な種類ですし、
接木で増やす方法で比較的簡単に増えるのも広まった理由です。
基本的には育ちも早い、という点も気に入られたようです。
ただ、植えさえすれば、勝手に増えるものではなく、
一度桜が植わっていた場所では育ちません。
また大きな理由として、染井吉野を売り込んだ
プロモーターがいたと思われます。
以上、ソメイヨシノが広まった理由です。
学校で記念植樹される事が多い理由もよく分かりますね。
もとは一つだった!?ソメイヨシノがクローンといわれる理由とは?
ソメイヨシノは「大島桜」と「江戸彼岸桜」を交配して
品種改良して生まれました。
元々は一つだった木が、
挿し木か接木で増やしたものなんです。
ルーツを探ると江戸時代末期に
染井村(現在の東京都豊島区駒込)の植木屋が
最初に開発したとされ
明治以降全国に広まったといわれています。
当初、染井吉野は『吉野山』にちなんで
「吉野桜」と命名されていましたが、
吉野山の桜は山桜で、
「吉野桜」の名は誤解されるということで、
藤野寄命博士が、「染井吉野(ソメイヨシノ)」<明治33年(1900年)>と命名。
ソメイヨシノは、1916年米国の植物学者ウィルソン氏によって、
「大島桜」と「江戸彼岸」雑種と発表されました。
これは、国立遺伝学研究所の竹中要氏がその後、
実験で証明しています。
毎年の開花時期は、気温によって、多少ずれますが、
花の個数が多いのも特徴で、10万個を超えるものもあります。
ソメイヨシノは、1つの芽から
6個の花が咲くと元気な木、
4~5個なら健康な木、
3個以下は元気のない木と評価されています。
山桜は葉が出てから花を咲かせるものですが、
葉より先に花が咲くのが、ソメイヨシノです。
クローンですから、同じスピードで咲きますし、
散る場合も一斉に散ってしまいます。
これがクローンの特徴なんですね。
どんなに近くに、どんなに密接していても、
ソメイヨシノ同士では実をつけません。
実をつけなければ種もない、子孫を残さないわけですが、
ソメイヨシノに実がなっているものがあるのは、
違う種類の桜とだったら実はできるので、きっと
種類の違う桜同士が交配したと思われます。
まとめ
ソメイヨシノは、1900年に藤野寄命博士によって
吉野の桜と区別するために、
染井吉野と名付けられました。
1916年には、米国の植物学者ウィルソン氏によって、
「大島桜」と「江戸彼岸」雑種と発表され、後に
国立遺伝学研究所の竹中要氏が実験で
それを証明しました。
これで、クローンということが分かりましたが、
クローンだからこそ、一斉に咲いて一斉に散るのですね。
育ちも早く、接木で簡単に増え、
ソメイヨシノは花が美しい!
薄紅色のソメイヨシは多くの人を魅了するので、
全国に増えたのではないでしょうか!!
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